「久しぶりの秩父」

先週のパン工房の臨時休業は急で申し訳ありませんでした。女房の実家の父親が亡くなって埼玉県秩父市に行ってました。94歳という大往生でした。3年前に母親が亡くなってからしばらく1人で暮らしてました。1年以上前から施設に入ってましたが亡くなる前までボケもせず元気でした。戦争に行って生き抜いて帰った人はやはり違います。二十歳で召集、近衛師団に入隊後インドネシアへ派遣され終戦後捕虜生活を経て24歳で帰国、大変な青春時代だったと思います。輸送船で1ケ月、最初に上陸したのがベトナムのサイゴン(今のホーチミン)だといってました。私も二度行きましたが当時のフランス風の建物がそのまま残っています。70年前にお父さんは同じものを見たのかと思いました。戦争中は本国からの補給も途絶え現地で自給自足の生活をし、終戦は5日後に知ったそうです。武装解除後の捕虜生活時マラリアにかかり病院に入院したおかげで普通の人より早く帰国できたと言ってます。今の時代飛行機で飛ぶと7時間くらいで行けますがそれでもしんどいです。今から考えると気の遠くなるような時間をかけて出て行ったのだと思います。元気な時には戦争時の話をよく聞きました。葬式の受付にお父さんの話を記録していたものをまとめて従軍記として皆に見てもらいました。本当に長い間ご苦労様でした。
 
今回沙羅ちゃんをばあちゃんに託して行くわけにゆかず連れてきました。心配してたのですが秩父の家のソファーで一人賢く留守番しててくれました。何度か連れてってるので慣れてます。皆にも可愛がられよかったです。

裏の埋立地の散歩道です。向こうに見えるのが秩父のシンボル武甲山です。石灰岩の山で無残にも削られて低くなってますがお父さんたちが昔見た山は頂上まで立派だったはずです。昔からの口癖で武甲山が庭石だとよく言ってました。岡山に帰って10年が過ぎましたがこちらに居た時秩父に25年余り週末通いしました。人情のある良いところです。蕎麦がおいしいです。そして12月の秩父夜祭は秩父の人の熱気を感じます。

夕方の散歩ですがなんだか寂しいです。これで一つの時代が終わった感じがします。

荒川です。むかしよくこの川で遊びました。昔と同じように今も荒川は流れています。どこを見ても懐かしく思えます。
4月の初めに四十九日でまたやってきますがちょうど桜がきれいな頃だと思います。楽しみです。
檀家のお坊さんの説法に心を打たれました。お釈迦様は旅の途中80歳で亡くなりますが、沙羅双樹の下で悲しむ弟子に諸行無常と説いたとされる話、諸行無常とは世の中永久不滅のものは無いということです。諸行無常か・・・

 

 

 

 

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コメント: 1
  • #1

    Riki (月曜日, 27 2月 2017 17:33)

    義父様のご逝去お悔み申し上げます、94歳までしっかりとされていたと伺い 徳を積まれた方だったのだと思います さて我々はどこまで意思をもって生きてゆけるのでしょうか

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