「悲しい帰省」

先日秩父の女房のお母さんが亡くなりました。もうすぐ88歳でした。我々が岡山に帰って9年目になりますが、埼玉にいる頃は毎週のように秩父の実家に通ってました。だから私にとっては秩父が第二の故郷のようなものです。東京にいる時は23年間実家でお世話になりました。まるで我が家のように振舞って庭の一角には遊びの小屋まで建てました。建ててもう30年くらいになります。帰る前にはこの柿の木は棒のような小さな木だったのに・・・

今ではお父さんが畑仕事の納屋で使ってます。この小屋には薪ストーブがあり冬は快適でした。週末は当時飼っていた犬のシェラ君も中で過ごしました。
家には私の遊び道具がいっぱいありました。オフロードバイク、カヌー、自転車4台、キャンプ道具などです。
毎週のようにやって来るので近所の人は顔見知りがいっぱいできました。まるで婿に来たようだとよく近所の人に言われたものです。
秩父は私の趣味にはぴったりの場所です。渓流はきれいで山は高くて登山対象の名山がたくさんあります。

家の裏は荒川の源流です。東京の荒川を想像すると信じられないきれいさです。岩魚や山女もいます。今時の夕方はカジカガエルが鳴いてます。
ここ秩父では年に数回私の友達が集まり宴会を開いてました。もちろんお父さんお母さんも一緒です。宴会にはお母さんの手打ち蕎麦がかかせません。
ここ秩父では蕎麦が名物で市内の至る所に蕎麦屋さんがあります。蕎麦はお父さんが前の畑で作り、家で製粉します。友達全員が蕎麦が大好きです。
他にお母さんの手料理で皆に好評なのが、赤飯、きんぴらごぼう、山椒の佃煮、筑前煮、けんちん汁などです。
葬式には宴会に来ていた友達がほとんど参加してくれました。こんなにいっぱい集まるのは9年前の秩父での送別会以来です。お母さんもさぞかし喜んでいると思います。本当にあの頃が懐かしくお母さんもお父さんも輝いていた気がします。

上の写真は9年前の我々が岡山に帰る時の送別会での様子です。お母さんの手打ちそばを庭でいただきました。
全員が長野の山で知りあいました。いつも同じキャンプ場で行き合うため自然と友達になりました。
お父さんは今91歳になりますがまだ介護を必用としていません。まだまだ現役で農家をやっています。しかし今回の出来事で力を落としたのではないかと思います。私がまだ居た頃は戦争に行った時の話をよく聞きました。まわりには誰もそんな話に興味のある人が居なくて私がいつも聞き役でした。私も日本の戦争の話には非常に関心がありましたから・・・
先日お母さんの告別式には受付の横には二人の若い頃の写真が置いてありました。お母さんの18歳の初々しい頃の写真には、「長瀞にて憲兵さんに写してもらう」と記してあります。そういえば昔お母さんに聞いたことがあります。この写真は友達と遊びに行った長瀞で憲兵さんが写真を撮ってくれ、わざわざ家まで持ってきてくれたそうです。何だかロマンチックな話じゃないですか。その他に若い頃の写真がアルバムに丁重に貼ってあります。
お父さんの写真は招集されて軍隊に入隊した頃の写真です。近衛師団に入隊した頃のものだと聞きました。二人の人生で激動の時代を生き抜いた記録だと思います。
今回女房は先に飛行機で行きましたが私は一人車で行きました。甲府で高速を降り峠の雁坂トンネルを抜けて秩父に入りますがトンネル付近の標高が1250mもあるため奥秩父の新緑がとてもきれいです。峠付近にはまだ八重桜が咲いていました。

ここは峠付近の山梨側、広瀬湖というダム湖です。後ろの山は奥秩父の山です。2000m級の山です。
そしてここが峠の雁坂トンネル、一般国道のトンネルとしては日本最長のトンネルです。6625mもある有料道路です。

そのトンネルを抜けると埼玉県秩父市となります。ここ豆焼橋の高さは100m以上あります。下の沢にはまだ雪がありました。この辺りの沢は非常に険しく、渓流釣りに来るには今のような道がなかった時代には数日かかっていたそうです。秋の紅葉は素晴しい場所です。9年前に岡山から母親と姉を連れて来た時にここで2人は感動してました。

秩父は山が深く、日本オオカミが居るとされる最後の場所です。谷が深くいかにもオオカミが居そうなところです。

秩父は文化とこの地形が魅力で東京方面からの観光客でこれからの季節はにぎわいます。
お祭り好きな地です。有名なのが12月の秩父夜祭りです。日本三大曳山祭りの一つです。人口6万人の街が20万人以上の人出となることもあります。友達と家に泊まりがけで何度も見物に来ました。寒い夜の祭りですが秩父っ子が興奮します。

下の写真は秩父のシンボル武甲山です。今は石灰石の採掘で山の形が変わってしまいました。標高が1300mあります。秩父神社の奥の院はこの山の頂上直下にあります。冬の雪山にラブラドールのシェラ君と登ったことがあります。お父さんは家の庭の正面にあるので家の庭石だと言っています。

葬式が終了して最後に近くの檀家の寺に「寺送り」という行事で5人で行きました。これで滞りなく終了しましたと言うお寺さんに挨拶に行く行事です。檀家のお寺さんが金仙寺という大きなお寺です。実家のすぐ近くで大変歴史のあるお寺です。すぐ近くなのに中に入ったのは初めてでした。ものすごく広い境内で参道の両脇の杉は樹齢400年と言います。開創が1358年で境内には樹齢600年の枝垂れ桜や文化財がたくさんあります。さすがは秩父を代表するお寺さんです。

今日お世話になった僧侶の説法を聞いて、お母さんの戒名の意味を丁寧に説明してもらいました。来月は四十九日の法要でまたお世話になります。
今度行く時はもう少しゆっくり来たいと思いながら帰って来ました。

 

 

 

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コメント: 1
  • #1

    ばあば (水曜日, 18 6月 2014 00:05)

    秩父の山々の美しきが、余計にお母さんとのお別れが悲しくなりますねぇ。
    遺されたお父さんが心配です。
    度々、行ってあげるのが1番なんでしょうが、秩父は遠いですね。
    行動的なお二人ですから、ぜひ、行ってください。

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